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林宗院の宗派「浄土宗」について

 林宗院の宗派は平安・鎌倉時代に活躍した法然(ほうねん)上人によって開宗された浄土宗です。

  平安時代の民衆は、相次ぐ飢饉や天災、さらに保元平治の乱を契機にして続いた平家と源氏の争乱によって塗炭の苦しみの中に生活していました。そんな時代にもかかわらず、当時の仏教界は民衆の苦しみに目もくれず、皇室や貴族のための国家鎮護や病気快癒の祈祷ばかりに専念していました。その教えといえば難解な教理を振りかざし、難行苦行を経なければ教えに到達することは出来ないという非現実的なものでした。
 そんな教えに従って悟りに至ることなど、食べ物もない学問もない民衆に出来るわけありません。人びとの生活は、絶望の中で死を待つばかり、その死後ですら地獄に落ちることが決定しているという人生を送っていたのです。
 そんな時代に、下級武士の家に生まれた法然上人は、戦乱で命を落とした父の遺言をはたすべく比叡山に籠り仏教の勉強を重ねました。しかし当時の最高学府と言われた天台宗の延暦寺には、法然上人が求める民衆を苦しみから救う教えは有りませんでした。
 しかしある日ふと手に取った、中国の唐の時代の善導大師の「観無量寿経疏」(かんむりょうじゅきょうしょ)という書物に、どんなに貧しい人でも身分の低い人でも、たとい人を殺めるといった大罪を犯したことのある人でも、真心から「南無阿弥陀仏」と称えることで阿弥陀如来の本願によって、苦しみのまったく無い清らかで美しい「浄土」に往き生まれることが出来ると説かれているのを発見しました。苦しみに喘ぐ人びとを救う教えはこの他にはないと法然上人は確信しました。そしてこの善導大師の「観無量寿経疏」を元に、お念仏をお唱えすることで極楽浄土に往生することをめざす「浄土宗」を確立したのです。